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2007年8月12日 (日)

僕と うつ病、闘病記 2003年9月~2004年春 告知から休職へ

2003年9月、自分ではどうすることもできなくなり、病院に行きました。
症状を先生に話すと、あっさりと先生は言いました。
「典型的なうつ病です」と。
驚きませんでした。
やっぱりな という気持ちでした。
しかし、病院に通うようになったからといって、すぐにこの病気が治ることはありません。
自分の病気の事を会社の仲間が知るわけもないので、仕事の量は全く減らず、病気は悪化するばかりでした。
遅刻や欠勤が増え、仕事を続ける事が難しくなり、自分がうつ病にかかった事をやっと上司に話しました。
会社の所長と上司と自分の3人で話をして、翌月の10月から休職することになりました。
この時3人は、病気がこれほど根強く長引き、治療が困難な病気だと思っていなかったと思います。

2003年10月、仕事から離れる事ができましたが、病状が軽くなったかというと、何も変わりませんでした。
今度は別の物にとらわれるようになっていきます。
仕事のプレッシャーからは解放されましたが、役に立たない自分がいると周りに迷惑をかけていると考えるようになり、自分の存在そのものを否定するようになっていきます。
体が重く一日中横になっているだけの生活。
病気を治したいというより、死んで楽になりたい。
死ぬ=苦しみから解放される と考えるようになり、死ぬ事が怖くなくなっていきます。
そして死ぬ方法を一日中考えるようになりました。
自殺の方法を調べたり、集団自殺の募集を見たり、死のうとしている人達が集まる掲示板に行き、一緒に死のうと話をしたこともありました。

休職してから月1回の頻度で上司からの電話があり、病状を尋ねられ、職場復帰用の簡単な仕事を用意してあるから、出てこないか?と言われました。
今思えば、病気を理解してくれて、自分用の仕事を用意してくれるなんて、なんと有難い事か。
でも当時は電話がかかってくるのが怖くて怯えながら電話に出ていました。
出社しますと言いながら、当日になると体が動かなくなってしまい出社できない事を繰り返しました。
親切にしてくれているのに、それに応える事ができない事を責めました。
今思えば、どんなに身体が動かなくても、怖くても、はってでも出勤していたら、違ったことになっていたのかもしれません。
あの時会社に行っていたら、と今でも考えることがあります。

うつ病になってから後悔してばかりです・・・

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コメント

私は50歳前で休職中です。職場からの電話って精神的圧迫ですよね。その電話が恐怖に思えるのは私も同様でした。主治医から「直接自宅へ電話しないように伝えてもらっています。用件があるときは文書でお願いします」と。私は以前復職しようとして主治医をまじえての三者面談で人事担当者から怒号のようなきつい言動で休職が長引いている状態です。場合によっては、訴訟も考えているくらいです。貴方も今後の上司の対応によっては、電話録音やICレコーダー録音もしたほうがいいと思います。証拠は主治医の証人としての証言以外にはそれ以外にはないと思います。職場側は当然否認するでしょうから。職員は立場上会社に迎合するはずですから。

アドバイスありがとうございます。
会社と話がこじれる事の方が多そうですね。
僕は会社側から職場復帰の方法を色々と提示してくれたので、会社には感謝しています。

電話がかかってきた時は恐怖でしたが、今になって思うと、ありがたいことです。

また、何かアドバイスがありましたら、コメントを書いてくれると助かります。
お互い頑張りましょうね。

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