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2007年8月19日 (日)

僕と うつ病、闘病記 2003年10月 休職期間

2003年10月、仕事から離れる事ができましたが、病状が軽くなったかというと、何も変わりませんでした。
今度は別の物にとらわれるようになっていきます。
仕事のプレッシャーからは解放されましたが、自分がいると周りに迷惑をかけていると考えるようになり、自分の存在そのものを否定するようになっていきます。
体が重く一日中横になっているだけの生活。
病気を治したいというより、死んで楽になりたい。
死ぬ=苦しみから解放される と考えるようになり、死ぬ事が怖くなくなっていきます。
そして死ぬ方法を一日中考えるようになりました。
確実に死ねる自殺方法を調べたり、致死量になるアルコールや農薬の量を調べたり、集団自殺の募集を見たり、死のうとしている人達が集まる掲示板に行き、一緒に死のうと話をしたこともありました。

休職してからは、月1回の頻度で上司からの電話があり、病状を尋ねられ、職場復帰用の簡単な仕事を用意してあるから、出てこないか?と言われました。
今思えば、病気を理解してくれて、自分用の仕事を用意してくれるなんて、なんと有難い事か。
でも当時は電話がかかってくるのが怖くて怯えながら電話に出ていました。
か細い声で「出社します」とは言いながら、当日になると体が動かなくなってしまい出社できない事を繰り返しました。
親切にしてくれているのに、それに応える事ができない事を責めました。
そして、また自己嫌悪になり、さらに死にたくなることの繰り返しでした。
苦しかったです。
この頃が一番辛かったように思います。
今、思えば、この時期をよく死なずに乗り越えたなぁと、自分でも驚きます。
ちょっとしたきっかけ、例えば、病気を理解できない人からのなにげない言葉など、本当にちょっとしたきっかけがあっただけで死んでいたと思います。
本当にギリギリのところを、たまたま死なない方に傾いただけだったように感じます。
危ないところでした。

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