« シネマごしっぷ ユアンのほくろ何処へ? | トップページ | 母にLOSTを見せてみる »

2007年9月16日 (日)

僕と うつ病、闘病記 2005年、統合失調症の症状に苦しむ

2005年11月
・先生からは表情が豊かになってきたという話を聞き、薬を一種類減らして生活できるか様子を見ることになった。
話の最期に仕事の話も出て、土浦、真鍋にある就職支援センターに行くことを勧められた。
自分としては、人と会う事がまだストレスになるので、まだ時間がかかるという考えだが そのことを先生に伝えなかった。
薬が減ったことや、仕事の話が出たなどのことを両親にメールをすると焦らずじっくり治していきなさいという返事が返ってきた。
病気を理解してくれているという実感があり、治療に専念できる環境にしてくれていることに感謝する。
・ストレスや不安を忘れるために甘い物を食べてしまう衝動が、また出てきた。
・朝、鬼嫁が洗濯物を干しているときに、出勤までの時間が迫ってきていることからか
イライラし何か独り言を大きな声で言っていた。
自分が家事を手伝わない事が原因ではないかと自分を責めて、体が重くなった。
仕事もしないで、パソコンをいじっている自分に対し、言いたい事が山積みになってイライラしているようだ。
なんとか家事を手伝ってあげたいのだが、体がいうことをきいてくれない。
・朝起きたときから体が重く、自殺することを考えてしまう。
気分転換にコンビニに行ったが、チョコレートを沢山買ってきてしまい、それを一気に食べてしまう。
・家の前の道路を工事していて、そこで働いている人の声が聞こえてくると、自分の事を話しているように感じ、窓を閉め切って昼間を過ごした。
夜になり電気をつけると家に自分がいることがわかってしまうので、電気をつけずに過ごす。

2005年12月
・家の前の道路を工事しているときのエンジン音は実際に外でなっているのか、耳を澄ましているから聞こえてきたのか、頭の中でなっているのかが自分でも分からなかった。
頭の中でなっているとしたら、統合失調症の症状なので、落ち込む。
・朝から体が重く、朝食は食べられず、ブブ彦の散歩にも行くことができなかった。
13時半ごろになり、家の裏でブブ彦のトイレだけをすませ、またこたつで休んだ。
体調が悪くなっている原因は鬼嫁が言った「シャキっとしてよ」という一言だが、言われたからとすぐに良くなるわけでもなく、鬼嫁が出勤したら首を吊って死のうと考えた。
・鬼嫁がまた「しゃきっとして」と連呼するので、それを言うのをやめてくれと伝える。
鬼嫁は不満そうな顔をしていた。
この前病状が悪化したのがこの言葉だと、本人は気付いていないようだった。

2006年1月
・初詣に行っている時、夜TVを見ている時などで、何回も死ねという声が聞こえる。
統合失調症か?
・死ねという言葉で頭の中がいっぱいになり、「黙れ、うるさい」と叫びたくなる。
昼寝をしてからは声がすることは無くなったが、死んでみようかという考えが少し残っている。
昼寝中に見た夢も人を殺したり、自分が殺されそうになったりする気持ちの悪くなるような内容を見た。
・ニュースで公演のトイレで首を吊って自殺した人がいるのを見て、うらやましく思った。
・薬が切れてしまっているので、今日病院に行くつもりだったが、体が重く、行くことができなかった。
出発する予定の時刻を過ぎると、窓の外で誰かが見ているような感覚が現れて、家の中でも動けなくなってしまった。
死ねという言葉で頭の中がいっぱいになり、首の頚動脈を包丁で切ることを考えていた。
ふすまの前あたりには人影が見えたりもした。
寝惚けてはいなく、間違いなく見えていた。
・甘いものをたくさん食べてしまう。
我慢しようとしても、家の中に甘い物があると、結局食べてしまう。
鬼嫁は自分が食べるために買ってきたと言って怒っていた。
また、いびきがうるさいとコタツの中の足を蹴ってきた。
これらが影響して、死ぬ方法を具体的に考えるようになってきている。

« シネマごしっぷ ユアンのほくろ何処へ? | トップページ | 母にLOSTを見せてみる »

僕 と うつ病、 闘病記」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。