“裏” あぜ道通信

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2009年2月22日 (日)

僕とうつ病、闘病記 現状で妥協するラインを引く時期に来ている

いつも畦道通信を読みに来てくれる人にとって、このうつ病闘病記は、どんな位置づけなんだろうか?と思う。
週一回の弱音を吐く場所だったりするのですが、暗い話を読みたがる人はいまい。
今でこそ前向きな話が多くなったものの、昔は救いが無い話ばかり。
死のうとしてただの、薬が増えただの、副作用がどうだの、先生を不信に思っているだのだ。
それを読んで、共感する人はいたのだろうか?救われた人はいるのだろうか?
いないだろうな。

近況を包み隠さず公表することで、周りの人達に現状を知ってもらっても良いのではないか?という気持ちで書き始めたのがきっかけだ。
しかし面白い事に、身内は誰一人として畦道通信を読んでいない。
畦道通信を読んでいないのだから、闘病記も当然読んでいない。
読んでるけど、感想は言わない というのではない。
本当に読んでいないようである。
そして、僕が体調を口頭で家族に話す事も一切無いし、話す必要も無いと思っている。
どうしても暗くなるし、病状を聞かせるとどうしても気を遣わせてしまうからである。
僕としては、病気になる前のように、僕に何も起きていないように接してくれるのが一番助かるので、それをわざわざ壊すような発言はしたくないのだ。
両親も僕がそう考えている事を理解しているような感じである。
(確信は無い、勝手に感じるだけである)

病院に行くと、「両親はどんな感じですか?何か言ってきませんか?」などと聞かれるが、毎回答えに困る。
「子供に無関心です。」と、本当のところを言ってしまおうかと思うが「口には出しませんが、体調が良くなってきている事を感じ取ってると思います。」くらいの事を言うようにしている。

友人には、体調の事を話すのだが、「5のうち3くらいの体調である。」といつも話す。
5になる事は、無いだろうと思う。
4になる事はあるだろうか? 自分でも分からない。
病気になって5年半になるが、元気だった頃の感覚が思い出せないのだ。
元気とは何か? というような感じ。
随分と体調は良くなったが、発病前と同じになったか?というと、「わからない」というのが正直なところである。
体調はわからないが、頭はもっと切れていたように感じる。
もっと速く、たくさんの事を、理論立てて、丁寧に考えられていたはずである。
正直、体調よりも、昔の頭の切れを取り戻したいが、おそらくこっちは元に戻らないような気がしている。
8割くらい頭が回るようになっただけでも、良しとしないといけないのかもしれない。

今、少しずつ外に出るように自分を持っていっているし、ダイエットが成功したら、簡単な仕事を始めるつもりである。
”昔の元気だった頃に戻る”のではなくて、”別の人生を歩み始めるのだ”と最近は思うようになった。
ようするに、そろそろ着地地点を考える時期に来ている という感覚があるのである。
100%回復しなくても、病気を持ったままでも、ここまでで良い というラインをそろそろ引く時期なんだと思うのです。

次回は、闘病記をいつまで続けるか?について話してみようと思う。

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