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2009年5月23日 (土)

トラベル・レポート 長崎 もう一つの被爆の地

20090523雲仙岳、仁田峠をやっとの事で下りきり、今度は西に向かいます。
旅の終着点、長崎市に行くためである。
ホテルにチェックインするまでに時間があるので、平和公園、二の鳥居、被爆楠(くすのき)を夕方に巡る。

平和公園は思ったよりも小さかった。
でも、有名な平和記念像は思ったよりも大きかった。
像の周りに水がはってある事は知らなかった。
天を指す右手は原爆を示し、水平に伸ばした左手は平和を示し、目は犠牲者の冥福を祈るように閉じている。
広島でもそうだが、水を求めながら多くの人が亡くなっているので、水がモニュメントの一部になっている。

アメリカは長崎にキリスト教信者と教会が多い事を知らずに原爆を投下した。
その事に後になってから気付き、アメリカ国内や他の国から批判を浴びないように、慌てて教会の跡を完全に破壊して、証拠隠滅を図っている。

アメリカ側の、原爆を落とさなかったら、自分の国の犠牲者が増えるという主張と、日本人は天皇のために最後の一人になってでも戦うだろうという危険があるために、原爆で戦争を終わらせたという話。
その通りなんだと思う。
アメリカが加害者で、日本が被害者という単純な決め付けなどできるわけがない。
またその逆とも言えない。
だから戦争は反対だという考えは賛成するが、被爆国だとばかり主張するやりかた違和感を覚える。
僕はどちらかというと日本に原因があるのだと思っている。
日本も同じように残虐な事をしているのだ。
戦争は悪い事だとはハッキリと言えるが、原爆を落とした事が100%悪い事だと自信をもって主張できない。
もちろん亡くなった人の冥福は祈るが・・・・
「戦争やります、参加します」と宣言すると言うことは、多くの国民が死ぬという事。
そんな事は誰にも分かっている。
分かっていてやったのだから、自業自得感が爺さんの中にはあるのだ。
しかし、被爆国だからこそ言えることもあると思う。
平和に関してもっと強く意見を発信しても良いと思う。

平和公園を後にして、山王神社の参道に行った。
原爆の爆発に耐えた片足の鳥居が今も残っているのだ。
また、そこから数十メートルの場所に、被爆した楠がある。
楠は爆発で上部が吹っ飛び、表面は真っ黒に焦げ、枯れ木同然となったが、その2年後に再び新芽を芽吹いたという木である。
再生した楠の生命力は、原爆、終戦で打ちひしがれた人々の心に大きな希望と生きる勇気を与えたという。
爺さんも木の幹を触り、生きるエネルギーをもらってきましたよ。
爺さんは死のうと何度もしているし、死んでるのか生きてるのかが自分でも分からない時もあるので、旅行に行く前から、この生命力のある木に触りたいと思っていた。
この楠の説明が書かれたプレートを写真に撮ったのだが、家に帰ってきてから写真を見た見たら、中央に上部から下部にまで一面赤いものが写っている。
焼けた炎のようでもあるし、血が垂れたようにも見える。
写真を撮り、モニターをチェックした時は、何も写ってなかったのになぁ。
逆光とかでもなかったし・・・
お墓の写真を撮った時には何も写らなかったのに、プレートに霊的な物が写るのも考えにくい。
でもなんとなく気持ちがワナワナします。
何なんだアレは。

次回、爺さん、飲みすぎてダウン。
ガイドの爺さんがいなくなった一同、ホテルに帰れなくなる!?

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