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2009年5月18日 (月)

トラベル・レポート 長崎、平戸 切支丹(キリシタン)資料館での衝撃、

20090518感動した田平天主堂の次は切支丹史料館に行った。
非常に小さな建物に20個くらいの展示品が並ぶ。
解説を読まなければ3分で出てこれるくらいの展示品の数である。
しかしそこにある物の背景を知ると、とてもパッと見で済ませられない。

写真撮影はできないから何も撮れなかったけど、踏み絵をさせたマリア像が置かれていた。
踏む事ができなくて、処刑された人もいただろう。
顔には出さなくとも、心の中で懺悔し泣きながら踏んだ人もいただろう。
また3センチくらいの小さなキリスト像も展示されていた。
その小さなキリストを柱に穴を開けて埋め込み、その柱に祈りをささげていたのだ。
その他、十字架やメダリオンなどもあったが、どれも小さくて、見つからないようになっている。
聖書をお経のように紙に書き換えた物も展示されていた。
カタカナで細かく文字が書かれていて、アーメンの文字を見つけることができた。

キリシタンの弾劾は秀吉の時代から始まり、家康にも受け継がれた。
250年間もキリスト教徒だと隠しつづけ、宣教師もいない状態で信仰を代々受け継ぎ、守ってきたのだから、すごい話である。
見つかったら家族全員処刑ですから、命がけで代々信仰してきたのだろう。

この資料館から数百メートルの場所に海岸があり、そこに何てことない石がある。
しかし、この辺りでは有名な石で、昇天石と呼ばれている。
この石の上で多くのキリシタンが処刑されたのだ。
遺体はそのまま海に捨てられたが、キリシタン達がそれを引き上げ、資料館脇にある小さな森に埋葬した。
森に入ってから30メートルも歩くと、質素に石を積み上げた墓が見えてくる。
この墓と昇天石はキリスト信者の聖地とされている。
今も信者は裸足でこの森に入り、祈りを捧げているという。

爺さんはキリスト教の祈り方を知らないので、両手を合わせるだけにしたが、胸が締め付けられるような気持ちになった。
爺さんの想像もつかない深い深い信仰があるのだろう。
信長があのまま天下を取っていたら、長崎のキリシタン迫害はなかったのだろう。
寺院を焼き払う信長なので、仏教徒が迫害を受けたかもしれないが・・・・
歴史に翻弄された人の話は、どれも悲しい。

次回は、閉館時間との戦い、そして5回目の食べ処でもまた食べられないという事態に・・・・

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