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2010年2月17日 (水)

ハイチに千羽鶴を送る問題について

前から書こうと思っていたのだけど、遅くなってしまった。
1月12日にハイチ地震があり、死者は23万人になったとも言われています。
スマトラ沖地震の大津波の被害を上回った事になります。
mixi内では、被災者に千羽鶴を送るための活動が始まったのですが、2ちゃんねるなどで、運動が迷惑であり、金や物を贈るべきだとの批判が続々書き込まれるようになった。

批判する側の書き込みはこうだ。
・現地で必要なのは、医療品、食料であって、鶴など送っても意味が無い。
・家が倒壊ているので、住民は道端に転がっている死体の隣で寝ているという状況。こんな状況で千羽鶴の気持ちをくみ取る余裕があるわけない。
・相手の気持ちを考えないで、自分の文化を押し付けているだけ、自分は良いことをしていると自己満足したいだけだろう。
・俺が死ぬかも知れない状況の時にやっと届いた物資が千羽鶴だったら・・・・

反論する人の書き込みはこうだ。
・何もしないで批判するな
・気持ちは伝わるはず。

議論が繰り返される中、救援活動をしている日本人からは、
「千羽鶴は加熱調理の種火や放火程度にしか使われない」「千羽鶴を運ぶスペースに医薬品や食料を詰め込むことが被災者の望みである」と批判的に語っている。
ハイチに詳しい支援団体も「理解は難しい」「宗教的な事情もあり配慮が必要では」と難色を示している。
また、ハイチの大使館関係者によると「自己満足のために行動するのではなく相手の気持ちを考えて欲しい」などとコメントが出ている。

ちょっと考えれば、相手が必要としている物を送るのが一番だとすぐにわかりそうだし、支援活動をしている方たちから「迷惑だ」とハッキリ言われているにも関わらず、千羽鶴を企画した本人は意見を曲げない。
「金や援助物資には気持ちがこもらない」と言い切ったらしい。
集まった鶴がもったいないから四川の被災地に送ろうという提案に 『ニュースにならないからやだ』 とも返したようです。

批判はエスカレートし、女性のサイトに1千通以上の中傷メールが届くようになり、女性のサイトは閉鎖に追い込まれた。
すると、鶴を送る考えをあらためました。とか、軽率だった。などのコメントも無く、サイトを閉鎖しただけで終わりかよ。とまたコメントが寄せられている。
女性は、集まった鶴は必ず届けると最後まで考えを変えなかったそうです。
相手の気持ちを考えられない女性の暴走ぶりに、また掲示板は荒れるのでした。
後で、この女性の行動は宗教団体が関係している事もわかり、売名行為の側面がある事も分かってきました。


僕の考えですが・・・・
同じ千羽鶴を送るとしても1年後とかに送るべきだったのではないでしょうか?
倒壊した家屋25万戸を再建するには10年かかるそうです。
僕は1年後でも早いと思いますが。
広島や長崎には千羽鶴が毎年沢山送られていますが、あれは街が復興し、今後の平和を願った物です。
入院中の人に鶴を送るのも、それは地獄絵図のようなハイチとは違い、平和な日本だから許されるのです。
何かしてあげたいと思う気持ちは尊いですが、方法が間違っていると思います。
生きるか死ぬかの生活をしている人に、そして文化も違う所に鶴を送っても喜ばれるわけがありません。
鶴を送る送料もかなりの額になるはず。
一日1ドル以下で暮らしている人がほとんどのハイチ。
日本円のちょっとした額で、ハイチでは家が建つとも聞きました。
阪神淡路大震災の時に、壺や掛け軸が送られてきて困ったという話もあります。
北海道地震では、古着が大量に送られてきたそうですが、バブル時代のボディコンスーツなどばかりで、使えるものは少なかったそうです。
それでも仕分け作業はしないといけなく、無駄な人手が必要になったそうです。
結局、その衣類を廃棄するのに1億円がかかり、その費用は現地もちになったそうです。
それらの行動と、今回の女性の行動を見ると、マリーアントワネットの「パンが無ければケーキを食べればいい」という発言を連想します。
完全に現実と感覚がずれてしまっている。

暖かい部屋で、「気持ちは伝わるはず」と鶴を折っても、ただの自己満足なんだ と言われてもしょうがない。
募金をする事が、個人でできる事の限界だと思います。

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