« 僕と うつ病、闘病記 いくら拒絶したとしても | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 戒名と病院 »

2010年11月25日 (木)

僕と うつ病、闘病記 弟はうつ病だったのだろうか?

弟は自分から命を絶ってしまったわけですが、うつ病だったのでしょうか?
遺書の内容は投げやりになっていたり、錯乱していたり、走り書きのようにはなってなく、誤字一つ無く、まっすぐに字が書かれ、むしろ気持ちが穏やかでなければ書けないだろうというような印象がある。

一緒に暮らした最後の2週間も、明るくふるまい、活動的だった。

もちろん無理して明るくしていたのだろうし、最後だから という想いが身体を突き動かしていたのだろうけど、同じ事が僕にできるだろうか?と考えてみたら、無理なのである。

僕も死のうとした事は何度もあるし、実際に行動に出てしまった事もあったけど、そういう時はもう思考が麻痺してしまって、楽になりたい一心で何も考えられない。
そういう状態で、あれだけの遺書を書き、明るく振舞えるのだろうか? 僕には無理だ。
弟は、命を絶って、人生を終わりにするというよりは、前進するための一歩だったような、印象が残る。

ただ、もし長いこと弟がうつ病だったとしたら、兄の僕は自分が情けなくて、謝りきれない。
僕がうつ病になったと宣言してしまったばっかりに、弟は自分もと言えなくなってしまったとしたら。
東京で10年もの一人で暮らしは、どれだけ寂しかったか。
病気で身体が重くても、働かないといけないし、泣き言は誰にも言えないし。
本当に可哀想な事をしてしまった。
どれだけ孤独で苦しかったか。
どうして一言「兄貴、俺も辛いんだよ」って言ってくれなったのか。
僕になら、言えただろう?
僕になら、弱い所見せられただろう?
どうして?
病気の苦しさを一番分かっているのは僕なので、少しでも弟の苦しさ、無念さ、後悔、申し訳なさ、を理解してやろうと思う。

僕は後悔して自分を責めてばかりですが、自分の苦しさを理解してもらって、弟は喜んでいるのだろうか?
自分を責めないで、笑って生きてほしいと言っているのでしょうか?
自分勝手な行動をとってしまったけど、と向こうも謝っているのでしょうか?

弟の前に行って、何を聞いても、沈黙しか返ってこなく、線香の匂いがするだけ。
答えは一生出ないんだ。
沈黙によって思い知らされれる。

« 僕と うつ病、闘病記 いくら拒絶したとしても | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 戒名と病院 »

僕 と うつ病、 闘病記」カテゴリの記事

コメント

答えは一生出ない

そうですね
まさ爺さんの言うとおりです

悲しみ
悔い
この意味は似て非なるもの
どちらも激しく重く胸にのしかかる点では一緒だけど

悔いはどこにも繋がりません
独りよがりであり自己都合であり個々の美学です

悲しみから気付ける何かが明日の自分に繋がるのなら
決して救いの無い感情ではないかも知れませんね

僕はいつもまさ爺さんに余計なことを語っていますが
そう突き動かす理由があるにせよ
それだって独りよがりの上に立つただの美学です

せーさん、余計な事を語ってるなんて思ってませんよ。
せーさんのコメントでどれだけ救われてるか。

弟の死から色々を気付かされたり、学んだりした事が沢山あります。
弟が命を使って教えてくれた事は、無駄にはしません。
僕は生きますよ。

この記事へのコメントは終了しました。

« 僕と うつ病、闘病記 いくら拒絶したとしても | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 戒名と病院 »