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2010年11月23日 (火)

僕と うつ病、闘病記 いくら拒絶したとしても

母は弟の骨壷を見ると、弟の最後の数時間、何を考えていたのか? 寒かったろう、苦しかったろう、悲しかったろう と考えてしまって 怖くなると話している。
その母が、今日は骨壷を抱きたいと言い出した。
49日の日に納骨するので、それ以後はもう抱きしめる事もできなくなる、という僕の話を聞いて考えが少し変わってきたようだ。
正座し、脚の上に骨壷を置き、抱きしめた母は泣いていたが、どこか吹っ切れたような顔にも見えた。
蓋を開けてみようか?と言い出し、それはやらないほうが という前に母は蓋を開けていた。
火葬場で集骨した時は数メートルの距離から見ていたが、目の前にある弟の頭蓋骨は生生しかった。
しかし、それが弟の骨だと思えない。
何かの骨、何かの灰だとは分かるが、弟の今の姿だとは認められないのだ。
死んだと分かっているから、日中泣いたりするし、家族がボロボロになっているのも分かるが、写真の整理をしても、ドアが開きっぱなしになった弟の部屋をみても、どこか実感が無い。

またひょこり帰ってきてくれるような気がするし、またヨロイヅカのスイーツの話をメールしてくるような気がする。

今度の正月になって、弟が帰ってくることは2度と無く、おめでとうございますの挨拶もできない事で、やっとその頃になって実感するのかもしれません。

49日が終わるまでは、仏さんはこの辺りにまだいるって言うから、きっとこうしてブログを書いている様子も見ているんだと思うけど、49日が終わったら、いよいよ離れ離れなんだなと思う。
東京と茨城という離れ方ではなく、この世とあの世の壁はどうにもなりません。
もう声を聞くことも触れる事もできなくなる。

それはこれまで感じた事の無い感情で、寂しいような悲しいような、永遠の別れを覚悟するような、罪悪感を感じたり、後悔したり、色々な感情が混ざったような状態になっています。

僕が弟の死をいくら受け入れなくても、拒絶しても、時間はどんどん過ぎていき、嫌でも現実を突きつけられる。
苦しいです。

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コメント

愛情に満ちあふれた心には
悲しみもまた多い

ごめんね
でもきっとそうなんだ

せーさん、いつもコメントありがとうございます。
愛情に満ち溢れた心を持ってるんでしょうかね?僕は。
少しとはいえ、弟を邪魔者扱いした事は、悔やんでも悔やみきれません。
ひどい兄です。

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