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2010年12月 1日 (水)

僕と うつ病、闘病記 弟はうつ病だったのか?を先生に聞く

病院に行ってきました。
弟が亡くなった話をしてきた。
弟がやる事全てがプレッシャーになるから止めてもらいと思っていると先生に報告してから3日後に弟が亡くなり、ひどい兄だと自分を責めてます とも話した。
僕は今は元気で、気持ちも大丈夫だけど、今もしガクンと落ち込むような事になったらと思うと怖いので、薬が重くなっても構わないと話したんだけど、今安定しているので、薬を変えるのはリスクが高いからと、今までと同じ薬を処方されました。
朝:セルシン2mg、アキネトン1mg
夜:セルシン2mg、アキネトン1mg、ピーゼットシー4mg、セレネース3mg です。

僕は落ち着いているので、弟の後を追って死にたくなったりはしないし、一人になると泣いたりしてるけど、少しすると気持ちも落ち着くので大丈夫です。
大丈夫だと思う・・・
たぶん。
それよりも、家族の状態が心配なのと、弟についてどうしても聞きたい事があった。
それは弟はうつ病だったのか? という事。
と聞いてみたんだけど、そうとは言い切れないという返事だった。
自殺する人の7割が、うつ病や分裂症など(その他にも2つ3つ病名が出たけど思い出せない)になっていたという統計があるそうで、それは僕も知っていた。
では弟は何かの病気だったのか? という事ですが、もちろんそれは分からないそうです。
ただ、あれだけ明るくふるまい、家事をこなし、活動的に動き、あれだけしっかりした遺書を書くのは、うつ病のひどい状態だったとしたら無理だろうという話だった。
僕も経験があるから良く分かるんだけど、死ぬことで頭が一杯になっている時に、それは無理だと思う。
だから弟がうつ病だった可能性はあまり無いようです。
僕と似たDNAを弟も持っているわけだから、僕と同じ妄想的な感じがあった可能性は高くて、自殺の原因となった傷が人よりも強烈に植え付けられたんじゃないか?という話でした。
もしどこかの精神科で治療を受けていたらまた違った事になっていたかもしれないから、残念だ と言っていた。
でも弟は、僕らに病気の話は絶対にしなかっただろうし、実際にしなかった。
自分から病院に行く事もなかったわけだから、僕達はどうする事もできなかったと、母と話をしました。
それと、弟が死んだ自殺方法を選ぶ人は、助かったとしても、また同じ事をするそうです。
遺書を部屋で見つけてから、弟の死亡推定時刻まで3時間あったが、そこでもし、弟を見つけて、その時は助けられたとしても、近いうちにまた、同じ方法で死のうとしただろうとも言ってた。
だから、僕達はどうすることもできなかっただろうっていうのが先生の考え。

死ぬ事を夏ごろから逆算して、行動に出ていたわけだし、それだけ楽になりたかったのだろうって先生言ってた。
それは僕も同じ考えで、弟が楽になって良かったと思ってますとは言ったんだ。
後は姉と母が心配だが、母は僕が一日中一緒にいるから大丈夫だと思う、それよりも姉が心配だと話しをした。
姉のメールに「消えたい」という一文があった事を先生は気にしていて、1月になっても消えたいと考えているならば、病院に連れてくるようにと言われる。
泣くのはしょうがないとしても、2ヶ月以上死にたいと考えるような場合、それはうつ病だと見るのが常識で、悪化する前に早めに病院に来たほうが良いという考えらしい。
後は他にも色々と喋ったような気がするけど、泣きながら話をしていたし、何を言ったのか?言われたのか?良く覚えてない。
どうする事もできなかった という事と 弟は楽になったんだ という事は良く分かった。
頑張らないとね。
僕がしっかりしないと!!

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コメント

しっかりの基準値はわかりませんが
ぼんやりと明日のおいしい朝御飯を期待する程度の重さで
良いんじゃないでしょうか

最近気付いたのですが
人は幸せになる為に生まれてきたのではなく
幸せを感じ取る力を養う為に生まれてきたのではないかと

そしてそれが結果的に幸福の最大値を授与できる術にも
なり得るのではないかと

今までもぼんやりとそんなことには気付いていましたが
本質的には自信がありません
その証拠に僕はコンプレックスの塊です

だから僕もいい歳して
アンテナを磨くことにしました

考えてもしょうがない事と、考え続けてあげないといけない事が曖昧で、グルグルしてます。

「幸せはなるものじゃなく、感じるものだ」 と剛長渕が言ってました。
その通りだと思います。

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