« 僕と うつ病、闘病記 弟との最後の1日 | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 現場近くまで行ってきた »

2010年12月20日 (月)

僕と うつ病、闘病記 あっさりと終わった納骨、気持ちもスッキリ

コメントをくれた、ゆりさん、せーさんありがとうございました。
昨日、弟の49日法要&納骨を済ませてきました。

前日の晩、もうこれが最後の夜になるからと、お骨を前に家族で泣いたのに、あっさりと朝が来てしまい、慌てて朝風呂に入り、ブブ彦の散歩に行き、喪服に着替え、家を出発。
あっという間に成田に到着し、法要が始まってしまった。
密葬だったから、お経を唱えてもらえるのはコレが初めて。
いよいよ弟が死んだ事を認めざるをえなくて、涙が止まらなかった。
しかし、お経もあっさりと終わってしまい、すぐに納骨に行く事に。
もう墓石はどかされていて、爺ちゃんたちの骨壷が一瞬見えた。
しかし、塔婆と立ててくれという重役を任されてしまって、墓の裏側に回って仕事に励んでいたら、納骨が終わっていた。
結局、骨壷を一度も見ることなく納骨が終わってしまった。
Pちゃんの話によると、ど真ん中に弟の骨壷を置いてくれたそうです。
亡くなった一族の平均年齢が大きく下がるのは問題だけど、爺さん婆さんばかりのお墓の中に新風を吹き込んでいる事でしょう。
暗い墓に入れるのは可哀想という気持ちは全く無く、嫌いだった地元を離れて、爺ちゃんがいてくれる所に入れたのだから、本当の意味で弟は全てから解放されている事でしょう。

家に帰ってきてから言ったのですが、気持ちが更にスッキリしたなと話しました。
火葬場からお骨になった弟と家に帰ってきた時も、初めて食事が喉を通ったのですが、あの時のような感じがまたあり、気持ちが楽になりました。
もう、泣く事は無いとは言えませんが、ずいぶん減ると思います。

お洒落でこだわりの多い弟は、仏壇に位牌を飾ったら絶対に怒られるので、コルクボードに弟の写真を沢山ピンで止めて、花と一緒に飾って、明るいカフェのような一角を作りました。
これがいい感じでね。
見ていて笑顔になります。

弟は今頃、爺ちゃんに怒られるのも終わり、一緒に酒を飲んでいると思います。
酒に弱い一族なので、爺ちゃんにちょっと勧められた日本酒を飲まされて、グデングデンになっているでしょうが、これから毎日晩酌を付き合わされて、ノンベエになる事でしょう。
それでイイと思う。
弟も僕も解放された一日でした。

今日から、さらに頑張ろうと思います。

« 僕と うつ病、闘病記 弟との最後の1日 | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 現場近くまで行ってきた »

僕 と うつ病、 闘病記」カテゴリの記事

コメント

うん

49日に限らず
本来月日や節目というのは
残された人間の為にあるのでしょう

巡り巡ってそれが供養に繋がるという

これが円でもあり縁ですね

せーさんこんにちは。
色々とご心配おかけしました。
だいぶ元気になったから、もう大丈夫だと思います。
毎年3万人の自殺者がいて、5人の家族だったら、12万人の遺族が毎年増えているわけですよね。
でも、みんなこうやって、みな乗り越えていくんでしょうね。
なんとかして、自殺者を減らすような方法は無いのかな?などと考えている毎日であります。

はじめまして、突然のコメントで申し訳ありません

私も2ヶ月前に弟が自殺で亡くなりました。
と言っても発見されたのが40日後だったので
家族がその事実を知ってからまだ20日ほどなのですが・・・

どうして死んでしまったんだろう、
どうして私は止められなかったんだろうと
考えてしまうことばかりで、
まだなかなか日常に戻ることができずにいます。

ネットをさまよっていてこちらのブログを見つけました。
同じように悩んだり苦しんだりされている方が
いらっしゃるのだと知って
私も弟のぶんまで頑張って生きなくてはいけないんだ、
このままじゃだめなんだと考えられるようになりました

ありがとうございます。またお邪魔いたします。


mさん、コメント読ませていただきました。
僕の弟は偶然が重なり翌日には発見されました。
mさんの弟さんは、40日後に発見されたとありましたが、その間、家族がどれほど苦しかったか、と思うと胸が苦しくなります。

まだまだ気持ちの整理などつかないでしょうが、何か苦しかったら、またコメント書いてくださいね。
必ず返事書きますから。

お互い少しずつでいいので、前に進みましょうね。

この記事へのコメントは終了しました。

« 僕と うつ病、闘病記 弟との最後の1日 | トップページ | 僕と うつ病、闘病記 現場近くまで行ってきた »