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2010年12月22日 (水)

僕と うつ病、闘病記 現場近くまで行ってきた

弟の遺体が見つかった場所の近くまで行ってきた。
さすがに、まさにココでという場所まで近づける程、立ち直ってないし、そこには弟の苦しみしか残っていない場所なので、今後も、まさにココでという場所には行く事は無いと思う。
行って花でも供えてやれば?と思うかもしれないが、その場所に花がある事で、ここで自殺があったと一般の人たちにも分からせてしまうので、それはやりません。
噂話の種にしたくないし、心霊スポットにでもなったら、僕は耐えられないので、花はお供えしません。
それに弟はそこにはいなくて、成田のお墓で今は笑ってると思うので、行く必要は無いのだと思う。

この場所に来るのは、弟が亡くなってから2回目。
しばらくはその方角に行く事すらできなくて、夜になると怖くなったけど、いつまでもそうしているわけにもいかないので、一人近くまで行く事にしたのです。

距離にして100メートルくらい遠くから、現場を見たのだけど、色々な感情が湧き出してくるような、逆に何も考えられないような気持ちになります。
なぜココにしたのか?
死亡推定時刻までの暗くなってから数時間あったが、その間、何を考えていたのか?
わかりようもありません。

これで楽になれるという、希望に近い感情は僕にもわかるから、そういう気持ちもあったと思う。
それと同じくらいに、残された家族の事も当然考えていたはず。
遺書を見つけた家族が助けに来てくれるかも?という希望は無かったと思います。
ずっと苦しんでいた事を遺書で全て告白しているのに、いまさら家に帰って、家族から温かい言葉をかけられる事で、家にすら居場所が無くなると思うので。

そう考えると、生きるか?死ぬか?の悩みはゼロで、問題はどのタイミングで逝くかだったのだろうと思う。
あれだけの遺書を書いたのに、暗くなってからすぐに死なずにいたのは、どういう意味があったのだろうか?
やはりそこが一番気がかりです。

もうすぐ楽になれるという気持ちと、家族への想いの間で揺れ動いたのだろうか?
遺書を置いて、家を出てから、亡くなるまでの6時間以上の時間は、一番苦しかったよな。

兄らしい事は何一つしてやれなかった。
もっと何かできなかったのか?
どこまで弟の気持ちを代弁できるのか?
一生考え続ける事になるのだろうか?

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コメント

つらかったですね
僕だったらそこに辿り着けない気がします
まさ爺さんはさすが兄です
そしてここからはセーの世迷言だと聞き流して下さい


自分を生きることで繋がりを持つ存在同士
それが人です

人が人のために出来ることなんて有りません
あると感じたらそれは驕りか誤解です

誤解を恐れずに言えば
親が子をおもう気持ちだってきっとそうです

まさ爺さんは
答えより大きな問いを抱え続けていくのかも知れませんが
誰かの代弁をする必要もなければ望まれてもいないと思います

自分の人生にしっかりと向き合って
自分の人生と死を死守して下さい

結局それだけが
他人を大切にする気持ちだったり
行動だったりするのでしょう

せーさん、コメントいつもありがとうございます。
代弁する必要は無いのでしょうね。
でも、弟の夢は僕しか見ていなくて、4回ほど見ましたが、どれも意味があるような雰囲気なのです。
いつも弟の顔が見えないのです。
間違いなく弟なんですが、表情が分からないし、話もしないので、何か言ってほしいのか?僕を責めているのか?色々と考えてしまいます。
弟はうつ病だった可能性は低そうですが、自殺未遂や死のうとしている自分がいた(過去形)ので、弟の苦しさや考え方のパターンを一番理解できるのは僕なんだと思います。

馬鹿だの親不孝者とか言われてる弟を、それはやめにしよう。弟は楽になったんだから・・・・ とか
色々と遺族に都合のいい言い訳を両親と姉にしてきました。
実際の弟はそんな風には思っていないかもしれません。
代弁なんて必要無いんでしょうけど、僕がうつ病になって理由は、ここで何かを言うため、気付くため、周りに教えるためのような気がしてならないのです。

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