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2011年1月 9日 (日)

僕と うつ病、闘病記 遺品整理をやりました

弟の部屋の遺品整理をしました。
弟が亡くなってから、バタバタしていた事もあり、部屋には全く手をつけていない状態でした。
49日法要が終わり、年が明けたら、部屋を整理しようと決めていたのですが、気乗りしません。
また、遺書のようなショッキングな物が出てくる可能性があるからです。

朝布団の中で目が覚めても、起き上がりたくないのですが、隣の部屋で音がしていて、もう整理が始まっている様子。
仕方なく作業に加わりました。

開けてないダンボールには、沢山のフィギュアやコレクションが入っている様子。
数箱だけ開けてみたのですが、全ての物に、オークションに出したときの相場と、商品の価値が分かるような説明書きが書かれているようです。
もう自分が死ぬ事は決めて茨城に帰ってきているので、これらのダンボールは開けずにそのまま部屋の隅に積んでありました。
ダンボールの中にある説明書きは、自分が死んだ後、残された者に遺品の処分方法を書いていた物になります。
どんな気持ちで、東京でコレを書いて、荷造りしていたのでしょう・・・

遺書に自分が存在しなかったかのようにしてほしいのか?散骨してくれとか書かれているくらいなので、遺品も全て処分してほしいのかもしれません。
着る事のできない洋服などは、残していてもしょうがないので処分できるのですが、このフィギュアのコレクションはどうしたら良いのか分かりません。

どれほどの希少価値があるのか、簡単に分かるからです。
見る人が見たら、喉から手が出る程のお宝ばかりなはずです。
弟は食費を削って金を作り、集めていった貴重なコレクションたち。
全ての品に説明書きと、希望価格が書かれているわけですが、これをオークションに出して遺品を残すなという意味なのか?
少しでも罪滅ぼしをしようと、金の足しにしてほしいのか?
本当に価値がわかる、愛好家に売るべきなのか? 分かりません。
もう、考えても答えは出ないのですが、本来、自分が死ななければ手放したくない物ばかりだろう という話になり、コレクションは売らない事にしました。

膨大な量のコレクションをしまう、ショーケースが無いので、どう保存するかが問題ですが、そこはこれから考えます。

布団、衣類、小物、生活用品などは全て処分する事になっています。
普段身に着けていたアクセサリなどは、姉と相談し、欲しいなら使ってやろうと思います。

弟が亡くなったのが、いまだに信じられないところがあるのですが、遺品整理は現実を突きつけられる作業。
正直、この作業は辛かったです。
頭が回らなくなり、両親だけがキビキビと“いる物”“いらない物”を仕分けていきますが、僕だけ部屋の隅に立っているだけで、何も出来ませんでした。
やっぱり僕はうつ病なんだなと思いました。
追い込まれると何も考えられなくなって、動けなくなる。
両親もそれを理解してくれているのか、何もしない僕を責める事なく、作業が進みました。

月命日なので、またケーキを買ってきて、弟の前にお供えしたのですが、母が「こんなお供えじゃなくて一緒に食べたかった」と言い出して、大声で泣き始めました。
「弟は一緒に食べてる時は嬉しいだろうけど、すぐに現実を突きつけられて、生きてる事が辛くなる。 もう弟は楽になったんだから、喜んであげようよ」と母に話しをして、少し落ち着かせました。

母に限らず、ちょっとしたきっかけで、涙が出てくるけど、遺品を整理して、また少しだけ前進したような気がします。
こうやってちょっとずつ、死を受け入れ、立ち上がるしかないのでしょうね。

また、死なないように頑張ります。

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