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2011年1月 4日 (火)

僕と うつ病、闘病記 お墓に供えてあった風車を見て

弟の墓参りに行ってきました。
お寺に着くまで片道2時間もかかりますが、弟は成田が大好きだったから、これでいいんだと思います。

お寺に着き、我がY家の墓に行くまでに他のお墓を見たのですが、新しい花が供えてあるお墓が多いんですよね。
正月に墓参りをするという話は、僕は聞いた事がなかったので、驚いたんですけど、九州出身の大伯父ちゃんは正月に墓参りする習慣があるらしい。
近所に住む両親の友人も墓参りに行ってきたと、帰りに偶然会った時に話していました。
そういうものなのかと、いい勉強になりました。
確かに正月に墓参りをすると、何か良い事をしたような、ちゃんと身内に挨拶をするような、清々しい気分になります。
めでたいお正月だから、お墓はちょっと・・・という僕の考えは間違っていたようです。


母は、墓を前にして泣いていましたが、線香をあげ、墓を掃除して帰ろうとした時にある物を目にしました。
お墓に風車が飾ってあって、それが風で回っているのです。
お墓を見てみたら、1歳の子が亡くなったようです。
1歳という事は、生まれてすぐではなく、歩き出したような時期に亡くなったという事。
一番可愛い時期に子供を亡くしたご両親はどんな気持ちだったのだろうか?
僕の弟は31のオッサンだし、自分で結論を出した結果が自殺だったわけだけど、1歳で亡くなった子は、もっと生きたかっただろうし、ご両親ももっともっと生きてほしかったはず。
あの風車を見ていたら、我が家よりも辛い人は沢山いるんだと考えないといけないねという話になりました。
泣いてる場合じゃないねという話になりました。

帰りの車の中で読書家の母が言い出しました。
最近読んでいる何冊かの本で、立て続けに自殺の話が出てくると。
今まで自殺の話を読んでも気にならなかったのかもしれないし、たまたま自殺の本に巡り合ってしまったのかもしれないけど、毎年3万人以上の人が自殺していて、その数は殺人事件の比じゃないわけです。
ドラマを見れば、○○殺人事件といった人が死なない話の方がはるかに少ない現状ですが、実際の日本をリアルに描写するならば、自殺の話は避けては通れないのかもしれません。

つまり、風車の話も、母の読む本に自殺の話が多く出てくるのも、同じ事を言っていて、辛い思いをしている遺族は、相当な数いるわけで、自分達だけが悲劇の中心にいるような考えはやめよう という事です。
みんな表立って遺族だとは言わないけれど、辛い思いをしている人は沢山いるわけです。
皆どん底の悲しみから立ち上がり生きているのだから、自分達にもできないわけはないはずです。
手探りで、元気に笑って過ごす方法を探しているような状態ですが、きっと僕達にも出来るはずですよね?

また、死なないように頑張ります。

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コメント

明けましたね
今年も宜しくお願いします

世の中は不景気だとか何だとか
殺伐していますが
僕は一人そ知らぬ顔で
ワンダーランドを生きていくつもりです

なんのこっちゃ

良く言えば孤高
悪く言えば現実逃避でしょうか

せーさん、こんにちは。
今年も宜しくお願いいたします。

僕も適度に現実逃避して、この山を越えたいもんです。
山? 波? 峠? とにかく越えてみせますよ。

私は子供が2人います。その前後には産んであげられなかった子もいます。
1歳で子供を亡くすって想像したくないぐらいつらい。
その子の親御さんも変われるものなら変わりたいと・・・思ったはず。

今、幼子が親の虐待で亡くなって行く現状も、私には受け止めきれない。

親にとって、子供はいくつになっても、子供なんです。
おっさんになろうと、おじいさんになろうと。
親になってみて、はじめて理解できたことでした。
私も一時期は、死に対して希望をもっていたけれど。
今も消えたいと思うことはあるけれど。

まさ爺さん、生きましょうね。お互いに。


あんずさん、コメントありがとうございます。
みんな色々あるんですよね。
自分にだって立ち直る事はできますよね?
お互い生きましょう!!

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