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2011年3月の17件の記事

2011年3月31日 (木)

ブブ彦日記 近況報告 遅すぎ篇

20110331ブブ彦の耳掃除と薬をもらいに動物病院にいって来たわけですが、その後、耳は一度もかいてません。
なので、耳の中が血だらけになる事もありません。
耳の後ろの毛も生えてきました。
耳が痒くてひっくり返り、耳を床にこすりつける行動もしなくなったので、床に当たっていた尻尾の毛も生えてきました。
唯一のチャームポイントの尻尾に毛が生えてきたのは嬉しい事です。

土手でひっくり返ったり、首をグルグル振り痒さを紛らわす行動もなくなり、随分とストレスがなくなったようです。

点耳薬が無くなったら、今度はすぐに病院に行き、掃除をしてもらって、新しい薬をもらってこようと思っています。
人間で言ったら、50代の大先輩を放置するのはもう止めにしないと!!

しかし、ウンチをするときに歩きながらする癖は直る様子は無し・・・
最初にしだしたポイントから3メートルくらいは移動して2回目、3回目と一気にします。
後ろ足をモジモジさせている間に前進してしまうのだと思うけど、こっちとしては大変です。
人間が真似しようとしたら、大変な事になります。
これもブブ彦の荒業、大技の一つといえるのかもしれません。

2011年3月30日 (水)

高田純次と池上彰、X JAPANについて語り合う

19歳年下の親戚の子と、弟の葬儀の時に10年ぶりくらい?に再会し、メル友になった。
高田純次と池上彰が会話するかのように、話がかみ合わないが、それはそれで楽しい。
音楽の話がほとんどなので、X JAPAN を薦めといた。
お母さんが持っていたXのアルバムを聴いたそうだが、「やばい、やばい、神ってる」と返ってきた。
ラルクが好きだと言ってきたので、ビジュアル系にも免疫がある事が分かったから、猛烈にXをプッシュしておいたのだ。
Xと運命共同体の僕の事だから、当然薦めるのはXのみ。

この前ウォークマンを買ってきたそうなので(緑色の綺麗なやつ)Xの曲を入れると言ってきた。
通学の時にXを聴くことになるのだろうか?

オススメの曲は?とあったので、「全部」と答えました。
さらに曲の好みを言ってきたので、何曲かチョイスして教えときました。

もう終わってる感アリアリのXの曲を薦めてしまってイイのだろうか?という気持ちも少しはあるが、せっかくXに興味をもちそうな人物を見つけたので、逃がしませんよ。

次世代へXを引き継ぐ重要なミッションは、成功するだろうか?
普通なら成功はしないだろう。
否、普及活動を行う事こそが意味があるのだ。

高田純次と池上彰であるが、当然僕が高田純次で、向こうが池上彰である。
彰は純次兄さんのいう事はきく事を悪用するような形になってしまったが、ゆるせ彰よ。
純次兄さんは悪い人なのです。

2011年3月29日 (火)

僕と うつ病、闘病記 やり尽くしてから

最近強く死にたいと思っています。
弟が焼かれる直前、最後に無理言って、僕だけお棺の中の弟の顔を見せてもらいました。
そこで僕は「お前の分も生きるからな」と声に出して誓いました。
しかし、その誓いよりも強い衝動で、死にたいのです。
具体的に死ぬ方法を考えていたりする時間が増えました。

身辺整理をやってないので、すぐには死ねません。
僕が死んだら、色々と家族が困ってしまうので・・・
弟は完璧な準備をして、逝きました。
兄はというと、そこまで準備する事はできないと思います。

それでいいのだと思います。
身辺整理ができないから、死ねない。
これでいいのだと思います。
このまま身辺整理はやらないつもりです。

なんだかんだ理由をつけては生きていれば、そのうちイイ事もあるでしょう。
東日本大地震で、多くの人が亡くなり、そのほとんどの人が、もっともっと生きたかった人だと思います。
僕なんかが死にたいなんて思う事自体が、間違っているような気がします。
生きてるだけでも十分です。
身辺整理をするだけの物、貯金、家があり、家族が全員元気にしている。
これだけでも十分なんだと思います。

死にたいと思ってしまうのは病気のせいです。
病気が回線を死にたい所に繋いでしまうのだから、しょうがないのです。
病気には勝手にそれをやらせておけばいい。
僕は生きないといけません。

姉が言うには、「やりつくす」事が重要だと言ってました。
仕事を探すにしろ、遊ぶにしろ、親孝行するにしろ、とにかくやりつくしてダメだったら死ねばいいって。
まだ僕は何もやり尽くしてないので、今死んだら無駄死にという事になるかもしれない。
とにかく限界までとことんぶつかってみて、それでダメだったら死ねばいい。
それからでも遅くは無いと思います。

死について軽く考えがちな病気にかかってしまっているわけですが、死んでいいわけがないのは分かっています。
被災して亡くなった方の分も生きないと。
生きていればきっとイイ事もありますよね?
笑える日もジョジョに増えていきますよね?
生きてて良かったって思える日もきますよね?

また死なないように頑張ります。

2011年3月28日 (月)

痔!? まさかそんな・・・

痔になりかけました・・・・
ふざけているのではなく、下ネタを書くつもりもなく、本当になりかけました。
血がティッシュペーパーにちょーっとだけつくようになり、ビビりました。
この前会った友人が痔になり、立っていても、座っていても、かなり辛い痛いと言っていたので恐怖心が・・・・

この時点で痔かどうかは分からないが、痛みは無いし、血も本当にちょっとだけ。
しかし、これ以上悪化させるのは死活問題なので、そーっと優しく、拭くようにしました。

切れ痔ってやつでしょうか?

今の段階だとまだ痔ではないと思う。
今の段階から悪化させないように、優しく接したら、分かってくれたようで、いつの間にか治ってくれました。

危ないところじゃった。
病院に行って、お尻を見せるのは嫌だったんですよ。

あれ? 痔で病院に行くと、お尻見せるって僕の勝手な想像ですか?
見せる?見せない?
見ない事にはなんとも言えないから、見せるんでしょ?

やはり、危ないところじゃった。
病院嫌い、お尻を見せるのはもっと嫌い(笑)

2011年3月27日 (日)

ダイエット奮闘記、第3部エピローグ いよいよ最終迂回

久しぶりの奮闘記であります。
団子、マドレーヌ、マシュマロ、草餅など、食べまくっていますが体重に変化は無し。
一日二食が定着したようで、お腹も空かないし、これでイイのかなと。

現状維持の食べ方をしているので、太りもしないし、痩せもしませんが、コレ位が丁度イイのかもしれませんね。

体重62kg
体脂肪率17%

腹周りがお肉ポヨポヨで、6つに割れていた腹筋も何処へやら。
ええ、最初から6つになど割れてませんが・・・・
いや、割れていた、割れているという事にしておきましょうね。

ダイエットも成功って事で良いんでしょうかね?
もう随分現状維持してるし、太る事もナイと思います。
ダイエット奮闘記、第3部にして、ついに最終回?
最終迂回!?

2011年3月23日 (水)

安物ケータイの逆襲

僕の携帯にもカメラは一応付いている。
滅多に携帯で写真は撮らないけれど、暇つぶしに自分を撮ってみようと思った。
内側にもカメラのレンズらしき物は付いている。
が!!
どうやっても自分撮りができない。
「サブメニュー」と「設定」というそれらしいボタンがあるが、そこに行っても全く自分撮りができそうなメニューは表示されない。
数時間携帯をいじって出た結論。
どうやらこれは、テレビ電話を使うときに使うレンズらしい(笑)

まぁ、安い携帯を買ったんで、それはしょうがないのかもしれないが、自分を撮る時は外側のレンズで、大体顔が入ってるかな?っていうアナログな感覚で撮らないといけないわけです。
画面が見れないからね。
他の人に撮ってもらうような事はありえないし、練習が必要なのかもしれない。
自分を撮っても何に使うわけではないけれど、自分撮りのレンズが無かったというのがショックな一日でした。

2011年3月21日 (月)

コタツが崩落

コタツの中心部で温かくなる場所ってあるじゃないですか。
あれがいきなり崩落しました。
火傷はしなかったけど、一瞬何が落ちてきたのか理解不能でした。

コタツの中を覗いたら、完全に外れちゃった中心部と、ノーリアクションの黒豚がいた。
ネジがゆるくなり外れたのは分かるが、ネジをいくら探しても無い。

しょうがないので、深夜0時を過ぎていますが、コタツを全て解体。
ネジを探す。

ネジを見つけ、黒豚が邪魔するコタツ作りを開始。
案外すぐに復旧しましたが、まさかコタツが崩れるとは・・・・

もう春だというのに、コタツを買いにヤマダ電機に行く事になるところでした。
あと5年は使うぞ、ボロコタツ。

2011年3月19日 (土)

あぁ、食い道楽 ホワイトデーをすっぽかしたので

東日本大地震が発生したので、ホワイトデーのお返しを買えませんでした。
母と姉からちょっとしたチョコをもらっただけなんですけどね。
でも借りを作ったままにしておくのが嫌なので、はっきり言いました。
「震災が落ち着いてきたら、何か買ってお返しするから」と。
すると母は言った。
「かま屋の和菓子はダメね」と。
ホワイトデーに和菓子を返すとは斬新ですな。
そんな発想はありませんでした。
だいたい、かま屋の和菓子はいつも旨いと言いながら食べているくせに・・・

男子ごはんでは、今年のホワイトデーは、ゴルゴンゾーラチーズのリゾットを作りましょうって言ってたな。
“男”ですなぁ。
ブルーチーズのリゾットなんて。

ゴルゴンリゾットに、かま屋の草餅でも入れて、プレゼントしてやろうかね。
全否定されるだろうな。
でも、忘れられないホワイトデーになるだろうけど・・・・
どうせなら、サプライズを与えたいから、ゲテモノもアリかと・・・

2011年3月17日 (木)

僕と うつ病、闘病記 バンジーはやらない

病院に行ってきました。
弟が亡くなってから、ある妄想が頭から離れない事を初めて話しました。
それは、何か良からぬ事が起こり、自分が死ぬ事。
家が全焼するような気がするし、夜ブブ彦の散歩をしていると、後ろから包丁でいきなりブスリとさされるとか、誰かに見られているような感覚があるのです。
良からぬ事が起こると思っていたら、この地震ですからね。
揺れていて立っているのもやっとでしたが、このまま家が倒壊して死んでもいいやと考えていました。

先生は「俺は怖くて死にたくないって思ってたよ」と、いつもの先生らしい事を言ってましたね。
僕は「後追いがしたくて、死にたいのか? ただのいつもの被害妄想的な考えなのか? 自分でもわからないのですが・・・」と付け足しておいた。
先生は「その考え方は昔からで、根深いよね」と言っていた。
ハイ、根深いです。
そして、その発想をどうしたら変えられるのかも、自分じゃ分かりません。

先生はまた「バンジージャンプをやってみたら?」と言ってきた。
この話は確か3回目だ。
今回は突っ込んで聞いてみようかと思い、探りを入れてみた。
効くかどうかはやってみないと分からない、バンジー。
「先生の話を鵜呑みにして、バンジーをやった事がある人はいるのか?」と聞いたら、本当にバンジーやった人は、過去1人だけだったって言ってた。
その人は、毎日ビルの上から、下を覗き込んで、飛び降りようとしていたらしいけど、バンジーをやったら、怖くて、もうビルの上には行きたくなくなったって。
リストカットもやらなくなったとも言ってた。

一応効果がある人にはあるようだが、飛び降りで死ぬ気は無い。
お恥ずかしい話、飛び降りで死ねるだけの高いビルが、田舎なので無いのである。
グングン近づいてくる地面に激突するまで意識はハッキリあるわけでしょ?そんなの怖くてできないです。
だからバンジーはやらない。

薬は変わりなく
朝:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
夜:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
と同じ物を2回。

下顎がカタカタ痙攣する副作用は治まってきたので、先生に質問するのはやめました。
また死なないようにがんばります。

2011年3月12日 (土)

無事です

茨城在住のまさ爺ですが、無事です。
海からは何十キロも離れているので、津波の影響も無し。

僕はというと、弟の遺品のフィギュアが倒れないように、揺れてる中、必死にフィギュアを押さえてました。
遺品が壊れたら大変ですからね。
昔、弟にもらったエイリアンのフィギュアは落下して、背中が折れてしまいました。
でも、遺品だけはなんとか守り通しました。
金田の首でも折れてしまったら大変な事ですから。
無事で良かった。

断水していますが、井戸水が家にあるので、その水を沸騰させてキレイにしてから飲料水として使っています。
トイレの水、手洗いの水、食事の水、風呂の水、全てが不便です。
近所の人にも井戸水は開放し、自由に使ってもらってます。
近所に井戸があるのは我が家だけなので、ちょっとはお役に立てているようです。

隣町だと、停電もしていて、何もできない状態だそうです。
TVはつくので、ニュースをみていますが、断水で不便だなんて言ってられませんね。
火災の様子、街が丸ごと無くなってしまっている様子は、見ていて恐ろしくなります。

一人でも多くの人が助かりますように・・・
僕にできる事は、家の水を開放するくらいですが、何か自分に出来ないのか考えています。

2011年3月 9日 (水)

初めてのオラニャン

オラニャンという言葉を初めて聞きました。
意味がわからず、すぐにネットでしらべたら・・・・

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オラニャンとは、普段はオラオラと男らしいが二人きりの時は甘えん坊な男性のこと。
普段は虚勢を張っていても、自分の前では子供っぽさを見せたり、甘えん坊に変貌する姿が母性本能を刺激。
こうしてオラニャンは女性から好かれるとも言われる。
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って書かれてた。
ツンデレが女性なら、オラニャンは男の事を言うようだ。
一部の地域では、ツンデレはもう死語で、男女共にオラニャンを使う所もあるみたい。

本当にオラニャンが女性に好かれるのかね・・・・・・
ちょっとなってみようかな・・・・オラニャン(笑)
30代のオッサンがニャンニャン甘えてもね・・・・(笑)
それはそれで怖い物があるというね・・・・

2011年3月 8日 (火)

僕と うつ病、闘病記 下顎ガクブル副作用に悩む

薬の副作用で下顎が、カタカタ小刻みに震える問題ですが、鏡を見ていたら外見からも痙攣しているのが分かる事に気付きました。
下唇が上下に小刻みに動いているのです。
家族以外の人と会いたくないです。

こんど病院に行ったら、この副作用が出ない薬に変えられないか聞いてみます。
相性の良い薬ですから、今変えるのは危険と判断されそうな気がします。
そして、もし変わったとして、別の副作用が待っているだけなのです。
副作用の無い薬など無いですから、しょうがないのですが・・・・

先生は弟の事もあり、今は危険な時期と見ているようです。
「後を追いたい」とか言われたら、そりゃ危惧するわな。
先生に嘘をつくのも危険だし、薬を飲まないのも危険。
だから正直に気持ちを話し、処方された薬をちゃんと飲む。
それしかないのでしょう。
死なれてしまうなら、顎の痙攣など取るに足らない事なのでしょうね。

近々友人と会うのですが、その時だけでも顎の痙攣が治まるとイイのですが・・・・
それに合わせて薬を飲まないようにするのは、怖くてできないし、どうする事もできません・・・・

あぁ、なんでうつ病になってしまったんだろう。
人生めちゃくちゃになってしまったよ。

2011年3月 7日 (月)

座布団のようなマスクを付けてみる・・・・

20110307突然の来客に、言われた。
「爺は、何か花粉対策はやってるのか?」
「いいえ、ただ、耐えるのみにあります」

両親が、隙間の無い未来的なマスクをしていたり、病院でイイ薬をもらってきていて、マスク無しでも平気なくらいになっている様子を見て、爺も何かやってるのでは?と思ったらしい。

そこに来て、耐えるだけ という予想外の返答がうけにウケタ。

来客が帰ってから、「どれ爺にとっておきのアレを渡してやろう」という展開になり、何やら奥からマスクを取り出してきた母。
マスク1枚が一袋に入っていて、大そうな作りである。
隙間が全くできない未来的なマスクは出てこず、昔ながらの四角いマスクが出てきた。
が、厚みがハンパない。
ミルクレープだったら5枚重ねくらいの厚みがある。
やけに分厚くて、硬い、そのマスクは裏にこう書かれている。
「抗ウィルス」

・・・あのぅ、マスクっていうのは、ウィルスも花粉も同じ物でいいのでしょうか?

恐らく、花粉の粒はウィルスの大きさに比べてかなり大きいものでしょうから、この厚みはいらないと思われます。
年末頃にこのマスクが大活躍するハズだったのでは?
まぁ、ウィルスが通れないマスクをしていれば、花粉対策もバッチリだろうが、なんというか、売れ残りが回って来た感アリアリ。

「耐えるのみにあります」と言っていた男が、マスクをした。
これだけで大きな一歩ではありますが、隙間の出来ない立体的、未来的、防御万全的なあの親父が付けているマスクが良かったよぉ~

2011年3月 5日 (土)

今更!? ゲゲゲの女房

ゲゲゲの女房を今更ながら見始めました。
アレだけ視聴率も取れましたし、「イイ」だの「よく出来てる」など言われているのを聞いていたので、安心して見始めました。

朝の連続テレビ小説を見たことがある人は分かると思うのですが、ほんわかした温かい気持ちになりますよね。
ゲゲゲの女房もいい感じに、ほんわかしていて、優しい気持ちになれるのですが、野際陽子演じるオババが亡くなるシーンに号泣。
亡くなるフラグが立って、そろそろ亡くなるって辺りから泣きながら見てましたから。
ダメですね、涙もろくて。
人は必ず死にますし、それをドラマで描くのも当然ある事なのに、気持ちがついていけなくて、鷲掴みにされて、グルングルン振り回されるような感じになります。
分かってるのか?弟よ。
連続テレビ小説で泣いてしまうほどの傷を作ったんだぞ、お前は。

弟を責めても何も話が進みませんね。
ゲゲゲの女房の話をしないと。
とてもよく出来ています。
たまに笑いを取りに来るようなドラマもありますが、ゲゲゲの女房は無し。
人の感情、気持ちを丁寧に描いていて、好感が持てます。
まだ9回までしか見てないのですが、1話15分だというのもイイです。
1時間のドラマは起きて見てられなくて、疲れ果ててしますからです。
○○殺人事件などというドラマは見たいと全く思わないし、コメディーで笑えるほど、まだ傷は癒えてませんし、ドンパチがあるようなドラマも見たいとは思えません。
その点このゲゲゲの女房は、最適のようで、見ていて、気持ちが解放されます。
オババが亡くなるような、大きな死はもう描かれないかもしれないし、なんとか最後まで見れるような気がします。
久々のヒット。

2011年3月 4日 (金)

JADE 聴き直してみて

久々にX JAPANのJADEを聴きました。
以前JADEの事を書いた時は10月18日。
まだ弟が生きていてくれて、「身内に自殺で亡くなった人はいませんが、自殺しようとしている人間がココにいるわけで、色々と考えさせられるのです。」と書きました。
あれから5ヶ月近く経ち、弟が亡くなってから聴いていみると、まさにYOSHIKIと同じ気持ちになります。
YOSHIKIと同じ自死遺族になってしまったんだ・・・
という考えが浮かんでは消え、現実を受け入れるしかない現状。
何か手の込んだドッキリなんじゃないか?という幼稚な考えも浮かんだりします。
これからジリジリと現実に打ちのめされるのだろうか?

最後の3行。
 今もこれからもお前はずっと愛され続ける
 運命を自分の心にゆだねてごらん
 My JADE
って所が一番好き。

どれだけ自分が沢山の人達に愛されていたか、わかっただろ?
これがお前のつけた決着なのか?けじめなのか?プライドなのか?分かりようもないが、お前が納得して出した答えなんだろうから、それは尊重してやりたい。
いつまでもお前の事を想ってる、僕のいとしい弟よ。

YouTubeのJADEのページにリンクを張っておきます。
リンクはコチラ

---< JADE >---
光を探して闇の中を歩き回っていた
星が夜明けになって消えるまで
遠く不確かな不安におののいていた
それがお前の隠していた事だったのか?
恐怖を一人で抱え込まないで
昔の思い出は過ぎた事なんだ
そこにとどまる必要はない
自分を解き放つんだ
生きる実感を得るまで
なぜならお前は美しい
お前の傷跡さえ美しい、翡翠のように
海に深く沈んでも、お前は輝き続ける
血を流しつつ紅に染まったジェラシーも、いつか消えていくだろう

心の夜明けを感じろ、暗い夜は過ぎ去った
堕天使達の目をしっかりと見ろ
光の届かない暗闇に落ちてしまったかのように、真っ暗になっている
神が俺の過ちを責めるとき、不思議な気分になる
世界の果てまでも彷徨い求め、それでも信じているんだ
また立ち上がって輝きを取り戻せると
だってお前は美しい
お前は美しく花を咲かせていた、昨日のように
俺はまだ隠している、記憶にあるあの場面
俺はまだ人生を歩みながら、十字架を背負って祈り続けている
血に染まった顔を涙が洗い流してくれる
涙は溢れたままなのか、それとも全てが洗い流される日は来るのか
海に映っている星のように輝いて
あなたの愛の光でそのまま天国へ昇りたい気分になる

また、新たな一日が始まった
ある友は燃え尽きてしまった
けど、それは燃えさかる愛なんだ
自分で切り裂いた胸の傷跡さえ美麗になるまで
なぜならお前は美しい
お前の傷跡は翡翠のように美しい
海に深く沈んでもお前は輝き続ける
血を流しつつ紅にそまったジェラシーもいつか消えていくだろう
今もこれからもお前はずっと愛され続ける
運命を自分の心にゆだねてごらん
My JADE

2011年3月 3日 (木)

僕と うつ病、闘病記 再会して感じた事

報告が遅れましたが、弟の友人達が家に来てくれました。
最初に来てくれたMさん、Kさんもまた来てくれました。
明るい話を沢山してくれたTさん。
人生経験を踏まえた深い話をしてくれた、もう一人のTさん。
勇気を出して来てくれた、もう一人のKさん。
有難うございました。

4人の話を聞いていて、どこまでも話が転がる展開の早さと、知識の深さに圧倒されました。
これじゃぁ、何時間でも話をしたくなる気持ちが良く分かったよ、弟よ。
でも、これだけ頭の回転の速い人達と一緒にいて、劣等感も感じていたのかもなと兄は思ったのです。
Tさんが、僕が病気になった原因とも言える上司に顔が似ていたという事もあって、そう考えてしまったよ。
みな立派な仕事に就き、家庭があり、子供もいる。
未来に希望が持てない自分と、どんどん幸せが大きくなっていく友人達との間で、違和感が大きくなっていったのではないか?という考え。

劣等感など感じないで(と僕が言っても説得力が無いが)自分は自分。
好きなように生きる。
って考えになってほしかった。
世界中の何処に行って生活しても良いし、仕事も何でも良いからしてくれていれば良かったのに。
もっといい加減に考えて生きている人だって沢山いるのに、何でそういう所だけ生真面目なんだろうな。
こうじゃないといけないと思ったら、もう変更はさせないって所があったからな。
決めちまったんだよな、自分で。

2人のTさんの話は面白かったな。
死後の世界はアルという一方と、ナイという一方。
どちらでも良いかなって兄は思う。
アルなら、こうして家に皆が集まってくれている様子を見て、笑いながらも、ゴメンって言ってるだろうし、ナイなら、無になって、遺族が悲しんでる様子を見なくて済むもんな。
どちらでも良いよ。
もう、何を言ってもどうにもならないし、最後は、弟が楽になれたなら、それで良いって、兄は考えてる。

無になってたら、考えようも無いだろうけど、そっちはどうだい?
口うるさい爺ちゃんには再会できたかい?
こっちは何とかやってるよ。
やっていくしかないし、あまり病気の事も、今後の事も、仕事の事も、悪く考えないように努力してる所。
無になってたら、見ようがないだろうけど、まぁ見ていてくれ。

また、頑張ります。

2011年3月 1日 (火)

桂浜の、ハリボテ像事件、どうなる?

坂本龍馬ブームを持続させようと、高知県は「志国高知 龍馬ふるさと博」を開く。
開くのはいいのだが、開幕時の“目玉”として考えたのが、名勝・桂浜の龍馬像の両脇に、盟友の武市半平太と中岡慎太郎のプラスチック製の像を並べるという企画で、案を発表した途端、龍馬ファンからブーイングが相次ぎ、県は企画をいったん延期した。

3体の像を並べる案を明らかにしたのは今月2月8日。
それ以降、県には電話などで批判的な意見が多数寄せられた。
県は「このまま反対を押し切って開幕を迎えることはできない」とした。
ただ、半平太と慎太郎の2体の像は発注済みで、県は現段階では白紙撤回する考えはないという。

桂浜にある龍馬の銅像は、開国と交易で日本を変えようとした龍馬の志を象徴して、太平洋を向いているといわれる。
「尊皇攘夷を唱えて土佐勤王党を結成した武市半平太や、陸援隊を率いて倒幕を目指した中岡慎太郎には、それぞれにふさわしい場所がある」などと、ファンの猛反発を受けているのだ。
ツイッター上でも、企画は「銅像並べ事件」「ハリボテ像問題」などと呼ばれて話題になり、書き込みが相次いでいる。

一方、尾崎正直知事はツイッターで反論。
「御意見を踏まえ期間短縮!」
「皆ぁこらぇてつかあさい。龍馬ブーム無き後の必死の試み!」
「三体の像は安易にあらず!」などとつぶやき、理解を求めたらしい。

こんなのちょっと考えれば、やっちゃいけない事だと分かるだろうになぁ。
何でこんな発想しかできないのかね。
このまま県が強引に推し進めるのかが、注目だね。
やらない方がいいのに・・・・

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