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2011年4月27日 (水)

僕と うつ病、闘病記 また自殺者が出たニュースを見ると

昨日も役者さんが自殺をしたというニュースがあった。
弟の事を思い出して悲しくなったりはしない。
それよりも第一発見者の人のショックは計り知れないだろうと思ってしまう。
一生頭から離れない強烈な映像となって、その人を一生苦しめるだろうと思う。

うちの場合、家族で見つけてやろうと夜中まで必死に探したけど、見つけることはできず、翌日も朝から探し回ったけど見つけることはできず、他の人の力を借りて、翌日の昼には遺体と会うことが出来たけど、それで良かったと思っている。
弟が亡くなった場所も知ってるし、どういう状態だったかも話は聞いた。
目をつぶれば、どんな感じで弟が亡くなっていたかは想像がつくけれど、それを実際に目にしてしまうのと、想像するのとでは、大きく違うと思う。

弟の部屋で遺書を発見した時の母の悲鳴が頭から離れません。
遺書ですら相当なショックで、先日僕が外食をして家を空けた時も、部屋に遺書があるのではないかと思って、恐ろしかったと母が言っていた。
遺書ですら心の傷になっているというのに、実際に亡くなっている現場を目撃してしまったら・・・・
その人は、もう立ち直れないのではないか?と思う。

弟の場合、自宅では死なない。
未遂に終わってしまうような場所ではないが、ある程度探せば遺体を見つけてくれるといういい場所を見つけたと思う。
弟からしてみたら、家族に見つけて欲しかったのかもしれないが、胸ポケットに父の電話番号が書かれたメモが入っていた事を考えると、家族以外の人に見つかる確率が高い事を見越して逝ったのだと思う。

弟には申し訳ないが、家族の誰かが、第一発見者にならなくて良かったと思う。
特に母が見つけることが無くて良かった。
弟が亡くなってからしばらく、寝る前に弟が暗く寒い中、亡くなっている様子を想像してしまう と言っていたので、もし実物を見てしまったら、心が壊れてしまうような気がする。

自殺のニュースはこれからも無くなる事は無いだろうが、僕の場合は亡くなった本人の苦しみよりも、残された遺族の、これからずっと続く苦しみの方を考えてしまうのだ。

毎日、自分が死んだら? と考えている状態ですが、今回書いたように、残された人、見つけた人の事を考えたら、死ぬわけにはいきません。
僕の場合、死ぬなら、自分の部屋か、弟と同じ場所だと思うので、家族が見つけてしまうと思います。
だからこそ頑張って、死なないようしないといけませんね。

また頑張ります。

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コメント

家族やその後のことを考えられるなら大丈夫と思います。それすらも考えることができなくなったときに何らかの方法で、思いおこす仕組みをつくれるといいんですけどね。

眠り恐竜さん、お久しぶりです。
死んではいけないと分かっているつもりでも、死にたくなってしまうのが、この病気の厄介なところです。
自分だけ楽になろうなんて自分勝手な事のような気もしますが、それでも死にたいと思ってしまいます。
残された人の事を考えて、必死にこらえようと思います。

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