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2011年12月 8日 (木)

独り図書館 頭の中で何かが変わったのである

畦道通信の相当な常連でないと気付かない事かもしれない。
ワタクシの文体が微妙に変わってきている。
例の司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいるからだ。
なにしろ、最初の1ページ目を読んだ時から、その生き生きとした文章に惚れ込んでしまった。
勝海舟に惚れ込んだ龍馬のように。

龍馬が生きているのである、手の中で。
その様子は目に浮かぶようであり、同時に目が離せない。

司馬遼太郎の文体の真似はとても不可能だし、真似しようとも思わない。
でも、無意識に影響を受けてしまっているようである。
家の中の会話でも、つい土佐弁が出てきてしまうほどである。

さすがにブログに文章を書く時に土佐弁にはならないが、思った事がもう口から出ているような状態になると、いつもとは違う言葉が出てくるのである。

具体的に自分で気付いた点をあげると、文章に抑揚が付いてきたように感じる。
別に文才が開花したとか、上手くなったとか言ってるんじゃない。
なんとなく、リズム感みたいな物が、出てきたようである。
別にラップのようにインを踏んでるわけじゃないけど・・・・なんとなくのリズム感である。
あとこれは読む人には関係ない事だが、話を書く時間が短くなっている。
文章が降りてくるのだ。

本を読む人は例外なく頭が良いが、竜馬がゆくを読んでいる効果が早くも現れたようだ。
頭が良くなったわけではないと思う、何か刺激のような物があったのだと思う。

まぁ、自画自賛の恥ずかしい自己分析なので、文体が変わっている事に気付かずともよいのである。
面白い話を今後も書いていきたいものである。
暇になったら畦道通信を見に行こうとなってくれると嬉しいものである。

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