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2012年3月17日 (土)

僕と うつ病、闘病記 死に方、家族への影響などを考えます

最近は弟の死を別の角度から見るようになっています。
今までは、弟の死を受け入れられず、どうして死んでしまったのか?について考え、助けられなかったのか?を考えてきました。
最近は、自分が後を追ったら、残された人はどういう事になるのだろうか?について良く考えています。

家の外で死んだ場合、また警察の検死室に運ばれて検死され、その後また両親が呼ばれる形になるだろう。
両親が弟の遺体を初めて目にした時の、人目もはばからずに悲鳴のような声で泣いていたのを昨日の事のように覚えているので、自分の死によって、また警察に呼び出すのは避けたい。
恐らく、気の弱い母は心の病になってしまうだろう。

家の中で死んだ場合も考える。
この場合、第一発見者が母ではまずい。
僕が首を吊っている映像が一生忘れられないトラウマになってしまうだろう。
第一発見者は父の方が良いのだが、仕事の都合上母よりも父が先に帰ってくる事が半々くらいなので、確実に父に見つけてもらう方法が無い。
また僕が家で死んだ場合、死んだ部屋はその後使えなくなるだろう。
狭い家なので、僕の死後も僕の部屋を有効利用してもらいたいと思うのだが。

このまま家に引きこもっていても、何も進展しないし、病状もあまり良くならないしで、このままでは時間だけが過ぎていってしまうと思うのだが、体はいう事を聞かず、動けないので、こうして頭だけ動かして、あれこれ考えている次第です。
このままでは彼女ができる事もないし、お先真っ暗だよなぁと思う。
周りの友人はほとんど結婚し、子供を作って楽しそうに生活している。
子や孫に囲まれて、笑い声の耐えない家庭を築いて行く事でしょう。
僕はずっと一人で、最近話題になっている孤独死とかするんだろうなと思う。

弟の遺書の中に僕宛の封筒があり、その中に1万円札が一枚入っていたんだよね。
金が無いから、東京から実家に帰ってきたというのに、僕にだけ1万円を渡すとはどういう意味なのか?
他の家族には、何も残されてなかったのに、僕だけお金を渡すという意味は?
お金渡すくらいしかできないし、金額も少しなんだけど、とにかく僕には生きろという事なんでしょうね。

あの一万円があったせいで頑張っている所が多々あるのですが、先に書いたように、生きていても、今後ドンドン孤独な人生を歩むだけのような気がして、生きている意義を見つけられないでいます。
死んでしまえれば、どれだけ楽か。
でもそれって逃げなんだよね。
全然戦ってない。
いやもう十分戦ったのかな。
そろそろ楽になってもいいんじゃないか?
僕がいなくなっても、残された人は理解してくれるんじゃないか?

身辺整理もやってないので、緊急に死ぬ事はないけれど、死にたいと思っています。
これぞうつ病の苦しさ。
病気は治らなくてもいい、ただ楽にさせてほしい。
そう思ってしまいます。
いけませんね。
今日はマイナス思考です。

また死なないように頑張ります。

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