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2016年7月 5日 (火)

僕と うつ病、闘病記 静かなる闘い58 父への感情、距離感、やられた事

T珍(母)に、先日、お店からは基本的に離れる事。
何か別の仕事が(病気を治してから)できたらいいねという事。
カウンセリングを受けてみようと思っている。
などを話たのですが、かずのすけがいない所で2人で話をしてしまったので、昨日、そろそろ賄いを食べてるかな?という時間帯に、お店に行きました。
かずのすけに直接、話をするためである。
大体の事はメールで送っていたので、あまり頑張って説明する必要は無かったのだけど。


カウンセリングを受ける話で、思わぬ方向に話が行くようになった。
近隣に2~3件、カウンセラーがいる事は調べたのだが、自分のトラウマや家庭問題、父との確執(ってほどでもないか)を、カウンセラーに話をするのが、辛いと話をする。
前に進むためとはいえ、一番避けている所、一番痛い所、一番弱いところを晒さないといけない事は、気が重い。
T珍は何故、そこまで気が重いのか?を聞いてきた。


僕は、T珍が思っているよりも、はるかに根深い傷があって、その傷とは、未だにこの話題で申し訳ないが、小学校の時の離婚問題から始まっていると伝える。
そこから、拭いきれない劣等感を植え付けられて、それがうつ病になる根底にあるのだと伝える。


やや、不思議そう、やや驚いたような表情のT珍。
僕は捨てられたと思っているし、世界一仲の良い家族は両親が円満を演じてただけ、僕が悪い子だから父は自分を捨てたのだと。


それで、今も父とどう接したら良いか分からない。とも伝える。
別に暮らせば楽になるのか? とT珍。
そういう事じゃないと僕。
顔を見なければ解決する問題じゃなく、僕の心の奥に、どうしても拭えない物がある事が問題なのだと言う。
一生それは取れないのか?一生、父を恨んで生きていくのか? とT珍。
恨んではいないが、距離は縮まらないだろうし、どう接していいか分からない と僕。


ただ、許している部分もある。
これは前に書いたが、一番辛い思いをしたT珍に、聞いた事がある。
父を許すと。
僕は泣き寝入りじゃないか!と声を荒らげたが、一番の被害者が許すと言っているのなら、もうそれでいいじゃないかとも思う。
でも、そうは分かっていても、父がTVを見て大声で笑っていたりすると、無性に腹が立つ時があるのも事実だ。
こっちは忘れてないぞ 無かったことにはならないぞ と。
でも許すべきだし、改心して、一生懸命働いて、僕達を食わせてくれている。
許すべきなのだろう。


T珍から別の話題がふられる。
父に対して、意見を誰も言わない。 と。
もういい歳なんだから、「親父、○○しろよ」などと言えないのは直さないといけない事だ っと言いたいのだろう。
が、僕が口を開く。
ここからはT珍にもかずのすけにも言った事が無いのだが、父に意見しないのは、ビビってるわけでも何でもない。
捨てられる恐怖から、声が出なくなるからだ と。


つまり、離婚問題の時に、自分は捨てられたと思っているわけで、父と意見を対立させる、問題を指摘するなどして、ぶつかる事は、また捨てられる事に繋がるような恐怖があるのです。
40近いおっさんが、捨てられるも何もあったもんじゃないし、意見が言えないのは問題だとは思う。
思うが、声が出なくなってしまう。
言葉がどもってしまう人が、自分ではどうする事も出来ないように、僕も、声が出なくなるのだ。
言葉を飲み込んでしまうとか、言うのは面倒だからやめとこうとか、いうのではなく、声が出なくなるのである。
「あ」の一音も発せなくなるのである。
精神的な物で、ロックがかかるような感じです。


さらに僕は続けました。
これも話をするのは初めての事。
漠然と、愛情に飢えている と。
必要とされて生まれてきたのか?
後々捨てられるわけで、本当に生まれてきた事を祝福されたのだろうか?
T珍が僕に愛情を注いでくれている事は感じている。 感謝もしている。
父はどうだろうか?
別に抱きしめてほしいとか、撫でてほしいとかいうわけじゃない。
自分は愛されているのか? 愛される資格はあるのか?
などとT珍、かずのすけに話すと、意外な事を言われた。


父は私がやきもちを焼くほど、まさ爺を可愛がっていた。 とかずのすけ。
T珍も同じことを言っていた。
小さすぎて記憶は無いのだが、そういう状態だったらしい。
そして記憶が残るような歳になっての、離婚問題。
僕はこちらしか記憶に無い。
父に愛された記憶が無いわけです。


それともう一つ。
これも初めて話したのだが、茨城のある場所で、車から父に引きずり出されて、捨てられそうになったトラウマがある。
僕は運転席のシートに必死にしがみつくが、外からドアを開けて、父が僕の腰をつかんで、外に放り出そうと力を入れて、大泣きする僕を引きはがそうとするのだ。
僕の体は、真横になるほどで、通り過ぎる車の視線などお構いなしで、ここに捨てていくとやられたのだが、T珍もかずのすけも覚えてないという。
北海道の子供置き去り事件のように、ちょっと怖い思いをさせて、反省させようという事をやりたかったのかもしれない。
大人の力で本気を出せば、簡単に外に連れ出せただろうと考えると、ただのパフォーマンスであり、見せつけであり、教育のつもりだったのだろうが、それをやられた場所ははっきりと覚えている。
月イチで病院に行く時に、この場所の前を通らないといけないのだが、その度に、あの時の恐怖を思い出す。
それもまた、捨てられるかもしれない恐怖。
自分を殺して、大人しく、逆らわず、生きていく事に繋がったりもするのだが、このエピソードは、T珍もかずのすけも、ややショックだったようだ。


賄い中だとしても、仕事中にお邪魔してしまって、1時間も話をしてしまった。
とりあえず、父に関しては、
接し方が分からないが、恨んではいない。
どうしようもない人なので、愚痴は我々で言い合って発散させよう。(本人に意見して直るような事は無いから)
っという所で終わりにする事にした。


本当は、かずのすけに、用事がある時は、店に出るから安心してくれ って事だけ言って帰るつもりが、ずいぶんと予測不能な方向に話が行った。
でも、話をした事で、少し気持ちが楽になった。


カウンセリングというやつも、こんな感じで救われる気持ちになるのだろうか?
何でも口に出して、話をするという事は大切なんだろうな。
でもやはり、カウンセリングには抵抗はあるのです。


今日もあぜ道通信に遊びに来てくれて、ありがとう。

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僕 と うつ病、 闘病記」カテゴリの記事

コメント

マー坊、こんにちは。

カウンセリング、ぜひ受けてみて。
このまま一生お父さんと溝のあるまま人生を送るのは
どちらにとっても辛い事だと思います。
カウンセリングを受けたからと言って
何かが変わるのか変わらないのか解らないけど
(無責任でごめん)
せめてお父さんと話せる様にはなって欲しい
自分がどんなに傷ついたかを話せる様に
克復して欲しいと思う。
根本の原因が解ってるならそこをひとつクリアーすれば
少しは前に進めるんじゃない。
何かきっかけがないとこう言う事って進めないし
家族に話したのを機会にとか40歳を機にとか
理由をつけてみるのもいいのかも。

人に話す事によって解決しなくても
気持ちが軽くなることはあるし
勿論、いい方向に進む事もある
全くの他人だから話せる事もある
トライしてみて欲しいな❗

だけど、そうやってT珍やかずのすけちゃんに
自分の気持ちを自分の口で伝えれたのは
凄く良かったと思う。
それも完全にヘタバル前に言えた事も。
良く頑張りましたね💮

前を向けたのは海ちゃんの影響もあるのかな?(^^)


J Jさん
こんにちは。
再来週なんだ☺
五大新地巡りって凄いね❗面白そうだ(笑)
でも変なのに付いて行ったらダメよ~ん
私が入院する大阪府守口市滝井と言う所にも
新地じゃないけど隠れ遊郭?なんせ男女の遊びが
出来る小さな旅館が数件残っている様です(>_<)

見舞に来て欲しいけど、家族以外とは面会出来ないんだ😢
なんせインターホンや鍵付きの病棟だからね(T_T)
7月25日は大阪は天神祭で賑わいますよぉ~
また色々聞かせてね☺

We 💝 umi

Mちゃん、こんばんは。
7月のカレーが届いたので、調理しつつの書き込みです。
明日はYouTubeの日なので、明後日からカレー特集ですよぉ~

僕を前に進めた力はどこから来たのかなぁ?
海ちゃんの影響もあるでしょうな。
なめんなよ って言われて、それでこそ海ちゃんだと、笑ったんです。
馬鹿にしてるとかそういうんじゃないよ。
純粋に、海は強いな って嬉しかったんです。

あとは、T珍に一生恨んで生きていくのか?って言われた事もあるかと思います。

田舎のカウンセラーってどうなんだろう?っていうのはあるけれど、どこか良さそうな所があったら、行ってみたいと思います。
あぁ、精神科にも行かないと、歯医者にも行かないと、カウンセリングにも・・・・・
多忙じゃないか(笑)

We 💝 umi

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